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大阪地方裁判所 平成8年(ヨ)3490号 決定 1997年6月10日

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別紙当事者目録記載のとおり

右当事者間の標記仮処分申立事件について、当裁判所は、債権者の申立てを相当と認め、次のとおり決定する。

主文

一  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成八年一二月から本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り、金三二万五〇〇〇円を仮に支払え。

三  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、英語及び仏語に堪能で、警備会社の社長室に配属された大学卒女子である債権者が、その後配属されたいくつかの事務系部署での勤務成績が不良であること、及び事務系業種から警備業種への配置転換を拒否したことを理由に解雇されるに至ったため、その解雇の効力を争うとともに、賃金の仮払を求めている事案である。

一  争いのない事実

債務者は、護送、護衛、警備の請負等を業とする資本金二〇〇〇万円の株式会社であること、債権者は、平成三年五月一六日、債務者との間で雇用契約を締結し、平成八年一一月当時、月額給料金三二万五〇〇〇円を支給されていたこと(毎月一五日締めの当月二五日払い)、債権者は、平成四年六月一日に総務部総務課へ、同年一〇月一日に人事部人事課へ、平成五年三月二〇日から総務部庶務課へそれぞれ配置転換されたこと、債権者は、自己が所属する総評東南地域合同労働組合(ユニオンとうなん、なお、以下の記述においては各組合名を略称する。)を通じて調整手当金一〇万円の削減撤回を申し入れ、同年四月八日、債務者側において上記調整手当金一〇万円の削減を撤回したこと、その後、債権者は、平成五年四月一六日付けの営業部企画課勤務を経て、平成六年三月二二日付けで営業部付とされたこと、債権者は、平成八年四月一二日に北区労働組合総連合北地域労働組合はらから(ユニオンはらから)に加入し、同年一〇月二二日には東京管理職ユニオンに加入したこと、債務者会社の経営企画室長有田太郎は、同年一一月二七日、債権者に対し、警備職への配置転換を通告したところ、債権者がこれを拒否したため、同月二八日、解雇通知書(<証拠略>)を交付して解雇告知をしたことの各事実は当事者間に争いがない。

二  争点

1  職種の限定

債権者は、社長秘書ないしこれを含む事務系業務に職種を限定して雇用されたものか、それとも警備職への配置転換をも予定して雇用されたものか。

2  調整手当(語学手当)の削減の可否

右手当は賃金か。仮に、賃金であるとした場合、債務者会社は、会社側の都合で英仏語を必要とする業務が不要となった場合、一方的に右手当を不支給とすることができるか。

3  債権者の勤務状況に対する評価

債権者の勤務状況は、債務者会社の就業規程上の「勤務成績不良な者、又は経営効率の向上に非協力的な者」に当たると評価し得るほど劣等であったものといえるか。

4  配置転換命令の有効性

債務者会社の就業規程一〇条は、「会社は、業務の都合や人材育成などの必要に応じて、社員の職場もしくは職務、職種の変更、転勤、派遣及びその他人事上の異動を命ずることがある。前項の命令を受けた社員は、正当な理由なくこれを阻むことは出来ない」と定めているが、この規程は雇用契約当初予定された職種以外の職種へ配転を命ずる場合にも適用があるか。仮に適用があるとした場合、債権者の警備職への配転命令拒否には正当な理由があったといえるか。

5  本件解雇の効力

右3及び4と関連するが、債権者が「勤務成績不良な者、又は経営効率の向上に非協力的な者」に該当し、かつ、正当な理由なく警備職への配置転換命令を拒否したなどとしてなされた本件解雇通知は解雇権の濫用といえるか。

6  債権者の申立てに保全の必要性(賃金仮払の必要性)が認められるか。

第三争点に対する判断

一  職種の限定について

疎明資料によれば、債権者は、昭和四七年三月に大学文学部を卒業した後、英国、フランスに順次留学して語学を勉強し、最終的にはパリ第五大学を卒業した経歴を有する者であるが、平成三年五月一六日、警備業務を主たる業務とする債務者との間で雇用契約を締結した。

右雇用契約当時、債務者会社の社長澤部滋は、全日本空手道連盟事務局長に就任したばかりであり、事務局長としての職務遂行を通して国際交流の機会が生じ、このことが会社の国際的な業務展開に資することにもなると考えられた。このような経過で語学力のある社員を求めようとしたのが、右雇用契約のそもそもの発端である。

債務者会社は、債権者と右雇用契約を締結するに当たり、英仏語能力以外は採用上の適正判断の対象となっていなかった旨主張する(債務者の平成九年二月一三日付け主張書面四頁)一方、「債権者がなすべき仕事は英仏語関係の業務に限られていたものではなく、その余の会社の仕事全般に従事すべきことが予定されていた。英仏語は社長が個人として就任した全日本空手道連盟事務局長の事務処理に必要な補助的業務であり、この業務処理のための英仏語以外に会社自体が行うべき英仏語業務は全く存在しないのである。債権者は英仏語業務に絶対的に限定して雇用されたわけではない」旨を主張しているのであるが(債務者の平成九年五月二三日付け主張書面)、右の各説明を対比しても明らかなように、債務者会社が債権者のどのような能力を審査したのか、どのような仕事に従事させようとしたのかについて一貫性のある説明がなされていないきらいがある。

債権者が債務者会社に就職するきっかけとなった平成三年四月一六日付け朝日新聞の求人広告欄(<証拠略>)には、「社長秘書募集」という表題の下に、採用条件として、「英語堪能な方を望みます(仏語もできる方は尚良)」「タイピングできる方」「出張可能な方」「普通自動車運転できる方」という文言が記載されており、債権者に対して語学能力のみが要求されていたものではないことが認められる。また、右の求人内容から債権者において自己が警備業務に配置されることを予想することは困難であり、債権者も採用面接の際に将来警備職に就くこともあり得る旨の明確な説明を受けていない。さらに、債務者会社の就業規程(<証拠略>)六条は、採用を内示された者が提出すべき書類として、警備業務に従事することを予定する者については警備業法所定の書類を指定している上、同規程四七条以下は、就業時間、休憩時間について、総合職、一般社員と警備職社員とを全く別異に扱っている。すなわち、総合職、一般社員が定型的な勤務時間であるのに対し、警備職社員には日勤勤務、隔日勤務のほか、午後五時から翌朝九時まで勤務する変則勤務と称する形態がある。債務者会社の女子職員五名に関する人事記録(<証拠略>)によれば、女子職員でも警備業務に就く場合があることが分かるが、これらの職員はすべて警備に関する教育を受けているほか、警備業法所定の誓約書を提出しているのであって(阿部サヨを除く四名はすべて採用時に右誓約書を提出するとともに、併せて警備業務に関する教育を受けている。採用年度が昭和五六年と最も古い阿部サヨは採用の時点から約一年半後に右誓約書を提出し、約二年三か月後に警備教育を受けている)、平成三年五月の採用時点から平成八年一一月に解雇されるまでの約五年半にわたって正式な警備業務に関する教育がなされていない債権者とは採用時の状況ないし採用後まもない時期の状況において大きな隔たりがある。

右のような採用条件、採用後の勤務形態の違い、求人広告の内容と採用面接時における債務者会社側の言動、警備業務に携わっている他の女子職員に関する採用状況を総合勘案すれば、債権者は社長秘書業務を含む事務系業務の社員として採用する旨の合意がなされたものというべきである。

そして、債務者会社社長澤部は、平成四年九月に全日本空手道連盟事務局長を退任し、海外と折衝する機会が減少することになったが、会社側がこの時期以降に雇用期間満了を債権者に通告したような事情はうかがえず、かえって平成四年一〇月一日に人事部人事課へ、平成五年三月二〇日に総務部庶務課へ、それぞれ雇用継続を前提とした人事異動を発令していること、債権者の採用時に雇用期間を限定した特約がなされていないことに徴すれば、債権者に関する雇用契約は期間の定めのないものであったものと認められる。

二  調整手当(語学手当)の削減の可否

雇用契約時、債権者に対する処遇は、管理職相当の五級職(職能資格規程一三条・<証拠略>)とし、給与としては五級職相当給与のほかに、債務者会社が語学手当と称する調整手当月額一〇万円が支給されることになった。

賃金、給料、手当、賞与その他名称のいかんを問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うものはすべて賃金である(労働基準法一一条)。すなわち、使用者が労働者に支払うものであること、労働の対償であることの各要件を満たせば、名称のいかんを問わず賃金となるのである。債務者会社の社長澤部が個人として全日本空手道連盟事務局長に就任していたとしても、このことは会社の業務拡大の一方策という側面があり、右澤部が会社の資金を全く私的な目的のために流用して会社外の業務を行っていたとはいえないこと、債権者は英仏語関連の業務以外にも会社のための事務に従事していたことに照らせば、債権者が受領していた金銭給付は、語学手当を含め、会社のための労働の対償として会社から給付されたもの、すなわち、賃金というべきである。

それでは、社長澤部において右事務局長退任という事情が生じたため英仏語を必要とする業務が不要となった場合、一方的に右語学手当を削減することができるか。

債務者会社の賃金規程(<証拠略>)一九条には、「中途採用者の賃金設定にあたり、調整手当を設けて調整することがある。調整手当の額は、社長裁定によるものとする」という定めがあるが、この文言自体、雇用契約当初の調整手当を設定する場合の規程であって、その後の雇用期間中にいつでも社長の裁量で調整手当を減額することの根拠規程となるものではない。就業規程(<証拠略>)一〇四条(三)には懲戒の種類の一つとして「減給」が掲げられているが、債務者会社においては、そのほかにいかなる場合に、どのような手続を経て、どの程度賃金を減額できるのかという点の整備はなされていない。

債務者会社は、平成五年二月ころ、債権者に対し、金一〇万円の語学手当を削減する意向であることを通告し、ユニオンとうなんによる団体交渉を経た約二か月後には右通告を撤回しているが、自由に使用者に対する賃金を減額するための就業規則上の権限根拠規程を欠き、減額に対する債権者の同意を欠く以上、右撤回に言及するまでもなく、右通告は効力を有しないものというべきである。

三  配置転換命令の有効性

債務者会社の就業規程(<証拠略>)一〇条は、「会社は、業務の都合や人材育成などの必要に応じて、社員の職場もしくは職務、職種の変更、転勤、派遣及びその他人事上の異動を命ずることがある。前項の命令を受けた社員は、正当な理由なく、これを阻むことは出来ない」と定めているが、この規程は雇用契約当初予定された職種以外の職種へ配転を命ずる場合にも適用があるか。

一般に、労働の種類、態様、勤務場所は、労働提供の具体的な内容をなすものであり、併せて労働者の生活にとって極めて重要な意義を有するのであるから、労働契約の内容をなすものというべきであり、労働の種類、態様、勤務場所の変更は、労働契約の内容を変更するものであって、当該労働契約によってあらかじめ合意された範囲を超える労働の種類、態様、勤務場所の変更は、労働者の個別的な合意(ママ)がない場合においては、使用者の一方的命令によってはこれをなし得ないものと解すべきである(広島地方裁判所昭和六三年七月二六日判決・労民集三九巻四号二七〇頁)。債務者会社としては、債権者を採用する際において、将来事務系業務以外に警備業務を担当することもあり得ること、その際は警備業務に必要な資格書類の提出を求め、警備訓練を実施することなどを債権者に告知し、その同意を得ておけば右就業規程一〇条による異動を命じることができたものといえるが、既に争点に対する判断一項(職種の限定について)で検討したように、債権者と債務者会社の間には社長秘書業務を含む事務系業務の社員として採用する旨の合意がなされたものというべきである。したがって、債権者について右就業規程一〇条の適用はなく、警備業務への職種の変更については個別の同意が必要である。

仮に、就業規程一〇条の適用があるとしても、雇用契約当初においてなされた合意の状況、債権者は警備業務への配転命令がなされた当時四七歳の全く警備業務の教育さえ受けたことのない女子であること、次項で述べるとおり、債権者の五級職としての地位からの労働条件の切り下げがなされ得る状況が存したことの諸事情に照らせば、債権者における警備職への配転命令拒否には正当な理由があったものというべきである。

四  本件解雇の効力

1  本件解雇告知に至る直前の状況は次のとおりである。

(一) 債権者は、平成五年四月一六日付けの営業部企画課勤務を経て、平成六年三月二二日付けで営業部付となっていたが、平成七年五月一日及び同年八月三一日の二回にわたり、他の警備会社の社員に対する語学出張研修の実施等を内容とする事業計画書を提出し、債務者会社から問題点の指摘を受けた後、平成八年三月二二日に事業計画書完結編を提出した。これに対し、債務者会社は、同年五月から六月にかけて債権者に対する質問会議を繰り返し、語学出張研修に関する市場調査がなされていないなどと指摘した後、同年七月二八日に右事業計画を不採用とした。

(二) 債務者会社の経営企画室長有田太郎は、平成八年八月一日、債権者に対し、「貴女の事業計画が採用されない以上、警備職についてもらうしか方法がなく、警備職についた場合、それまでの資格(五級職)の見直しが行われることもあり得る。もし、語学を生かせる仕事につきたいというのであれば、ほかの会社に職を求めるか、自立しか方法がないと思う」旨を述べた。

(三) 債権者は、警備職についた場合、等級が五級から一級に下がる旨を右有田から告げられたというのであるが(<証拠略>)、五級が係長相当の役職位であるのに対して、一級はいわゆる平社員であって(職能資格規程・<証拠略>)、労働条件の切り下げを伴うものであることが明らかである。右職能資格規程一六条一項は、「職務の異なる部署へ配置転換された者の資格等級は、変更しない」ものと定めているが、ユニオンはらから作成の平成八年九月一三日付け要求書(<証拠略>)において、債権者の五級職としての地位を引き続き継続せよという要求が真っ先に掲げられ、これに対する債務者会社作成の同月二七日付け回答書(<証拠略>)三頁が、右五級継続問題に関する要求を明確に拒絶している客観的な事情に照らせば、債権者が警備職に配置転換されるについて必ず労働条件の切り下げがあり得るという状況が現に存在したことは明らかであり、債権者として右配置転換命令に容易には応じられないことの重要な理由となっている。

(四) 債権者の委任を受けたユニオンはらからと債務者会社との団体交渉が平成八年八月から九月にかけて行われ、<1>債権者の五級職の地位を引き続き継続すること、<2>債権者を内勤の職務につけ、通訳・翻訳の業務が生じた場合は債権者を優先的にその業務に従事させることの各要求がなされたが、債務者会社は、「内勤業務としては財務職あるいは総務職があるが、財務は専門職であり債務(ママ)者には向かない。総務職は減員の予定となっている。通訳、翻訳の仕事は現在のところ予定していない。債務(ママ)者には警備職についてもらい、将来において配置転換もあり得ると答えるしかない。警備職になれば社内の賃金規定に見合った賃金となる」旨回答した。

(五) その後、債権者の委任を受けた労働組合(ユニオンはらから、次いで東京管理職ユニオン)と債務者会社は、債権者が任意に退職するとした場合の解決金交渉などを繰り返したが、最終的な合意に至らなかったため、経営企画室長有田は、平成八年一一月二七日、債権者を呼び出し、「和解が不調に終わったので話は元に戻る。警備員になるか、新天地を求めて辞めてもらうかどちらかに決めていただきたい」旨を申し向けた。これに対し、債権者は、警備員への配置転換を拒否したので、同月二八日、同日付け解雇通知書(<証拠略>)によって解雇告知がなされた。解雇理由として記載されている事由は、<1>平成四年六月から平成五年四月までにおける各部署での執務態度等が著しく劣り、これが就業規程二二条五項(成績不良な者又は経営効率の向上に非協力的な者)に該当すること、<2>債権者が一年六か月の期間を費やして平成八年三月に提出した右(一)項掲記の事業計画書が評価に値する内容でなかったことも右就業規程二二条五項に該当すること、<3>平成八年一一月二七日に配置転換を含む人事異動の確認を行ったことに対し、債権者が正当な理由なくこれを拒否したことは就業規程一〇六条二項(「正当な理由がなく、職種の変更、配置転換その他業務上の指示命令に従わないとき」という内容。なお、解雇通知書の文面上は一〇六条三項とされているが、同条項は「勤務に関する手続き、その他の届け出を怠ったときまたは偽りの届け出をしたとき」という内容であり、本件の紛争とは無関係であるから二項の誤記と認める。)に該当することの三点である。

2  そこで、右解雇通知の効力について検討する。

(一) まず、警備業務への職種の変更を伴う配転命令を行うにつき、前記就業規程一〇条の適用はなく、債権者における個別の同意が必要であるところ、その同意を欠いていることは明らかであるから、右配転命令は無効であること、仮に配転命令が有効であるとしても、債権者の配転命令拒否に正当な事由があることは既に説明したとおりである。したがって、右<3>の解雇事由は理由がない。

(二) 次に、右解雇事由<1>について検討するに、債権者は、平成四年六月一日に総務部総務課へ、同年一〇月一日に人事部人事課へ、平成五年三月二〇日から総務部庶務課へそれぞれ配置転換されているが、債務者会社において社員を順次異種の部署に配置し、多彩な勤務経験を積ませようとする意図があったにせよ、債権者の場合のようにわずか四か月ないし六か月ごとの配置換えでは多少の不慣れが生じることは予想されうるところであり、そこでの勤務不良を殊更に取り沙汰するのはいささか公平さを失するきらいがあるものといわざるを得ない。また、債権者に関する勤務不良実態記録(<証拠略>)をみると、解雇事由とされていない平成四年五月までの社長室秘書勤務時代の行状までが含まれているが、そこでの時期特定が「○月○日ころ」とある程度大まかであるのに対して、平成四年以降は逐一時刻までを特定しつつ、無断で持ち場を離れたことがあるなどと事細かに不良事由なるものを指摘しているところ、常に監視され、職場で浮き上がったような状態になったかもしれない社員に対して協調性がないなどと責め立てるのは不合理な面があるし、少なくとも右実態記録に記載された事由が解雇してしまうほど重大な勤務不良事由には当たらないものというべきである。

(三) さらに、右解雇事由<2>について検討するに、債権者は、平成六年九月ころから、営業部付として、他の警備会社の社員に対する語学出張研修の実施等を内容とする事業計画書を立案することになったが、債務者会社側から、「市場調査がなされていない。本を写しただけである。支出計算書がなっていない」などと酷評されている。債務者会社の右事業計画に対する姿勢は、「債権者の語学力を活用するためのもの、すなわち、債権者個人のための新規事業計画なのであるから、債権者自身に立案してもらうしかない。そのため債権者に対し、約一年半にわたり給与全額を支給しながら立案する時間を与えたのである。債務者会社としては、本来の警備業務をおろそかにしてまで総力を挙げて債権者に係る右事業計画の立案に取り組むわけにはいかなかった」という趣旨のものであるが(債務者の平成九年二月一三日付け主張書面六頁以下)、そこでは債権者個人の業務遂行という視点が強調され、仮に業務内容として採用されたあかつきには債務者会社も利益を享受する可能性があることが考慮されていないため、市場調査等に必要な予算の手当を講じたり、臨時に他の社員を応援させるなどの援助措置を講じようという姿勢がみられず、債権者の個人的な失敗という側面ばかりが過度に強調されすぎているものといわなければならない。また、結果として採算性に乏しい事業計画が提出されたとしても、従業員としての地位を継続させたままで成績評価の一事由とするのならともかく、これをもって明確な解雇事由に該当するというのは酷にすぎるきらいがある。

(四) したがって、仮に右解雇事由<1>及び<2>が、形式的に債務者会社の就業規程上の解雇事由に当たるとしても、解雇事由<1>及び<2>に関する前記の諸事情に照らせば、解雇という重大な処分にまで処することは著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないものというべく、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである。債務者会社としては、右<1>及び<2>の解雇事由だけでは解雇するに十分ではないとみて、前記<3>の配転命令拒否の事由が生じた時点を期して一気に解雇の意思表示に踏み切ったものと推認されるが、右<3>に理由がない以上、右<1>及び<2>の解雇事由だけで解雇の意思表示が効力を生じることはないものというべきである。

五  保全の必要性の存在について

疎明資料によれば、債権者は五人兄弟の末っ子であるが、他の兄弟における経済的能力の乏しさや母親との折り合いの悪さなどから、ここ一〇年ほど債権者が同じ大阪府池田市内のアパートに居住する母親の生活の面倒をみていること、母親は八〇歳を越える高齢者であり、身体全般の衰えや痴呆症の発現等により以前にまして手をかける必要があり、ゆくゆくは債権者が居住する公団住宅に引き取らざるを得ないこと、債権者は、現在、雇用保険の仮給付を月額一八万二〇〇〇円受給しているものの、受給期限の終期が平成九年八月八日に迫っていること、母親の収入としては年金が二か月に一回金六万四九六六円(月額金三万二四八三円)があり、これを債権者の右仮給付額に加算したとしても、他方において家計表上の支出が金二六万円近くになるため、切りつめた生活を続けざるを得ないことが認められ、これらの諸事情を総合考慮すると、賃金仮払の必要性を認めることができる。

六  以上によれば、本件申立てはすべて理由があり、賃金仮払の申立てという事案の性質上、担保を立てさせないで主文のとおり決定する。

(裁判官 白石研二)

<別紙> 当事者目録

債権者 山田恭子

右債権者代理人弁護士 板垣善雄

右同 原野早知子

債務者 株式会社ヤマトセキュリティ

右代表者代表取締役 澤部滋

右債務者代理人弁護士 相馬達雄

右同 山上賢一

右同 塩田武夫

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